「眼力」
2007 / 11 / 09 ( Fri ) おはようございます。
昨日の「成功」とつながるかもしれない。 仕事を見抜き、人を見抜き、人生を見抜く「眼力」を磨き、その力が その人の実力になると書かれていた。 「眼力」とは何ぞや うわー、なんだか哲学チックになってきた・・・ ![]() 仏道修行には「五眼」というものがあるらしい。 肉眼:表面的にしか見られない。 天眼:両面を見る。前後を左右を見、東西に心をおきながら南北を見る。 慧眼:事象にとらわれず本体を照見する智慧。 法眼:衆生を救済する菩薩の智慧。あらゆる法門を見る。 佛眼:法眼の実践智。まぁ、仏道修行をしているわけじゃないからどのレベルまで達しないと いけないとかいうわけではない。だいたい と なんて意味もわからないし・・・ ![]() ここで書かれていたのは成功するための自分の「五眼」を作ればいいと 書いてある 相当な悟りを開かないと皆目検討もつかない宿題だ ![]() 参考までに書かれている五眼を上げてみると・・・ 深眼:自分の物差しを縦から横にする。 独眼:自分流で見つけ出す。世界で唯一という見方を見つけ出す。 捨眼:相手の短所・嫌なところを忘れる。捨てる道を深める。 喜眼:相手を中心に相手が喜ぶ事を基準にする。 与眼:与える世界が成功の鍵。深眼とは・・・自己啓発っていうのは横に広がるだけで、深さがない。その 深さを求める為に自分の物差しを縦から横にするわけです。奥行きのある 考えが持てるようにする。 独眼とは・・・落合監督ではないが「オレ流」である。自分のやり方を 確立して真似できないようなものを身につける。創造でもある。 捨眼とは・・・自分のイヤなものを見るのは難しい。だからその部分を 見ずして相手を見る。見方を変えてみるということ。 喜眼とは・・・自分の眼である以上はどうしても自分が基準になる。 自己中心的な見方である。相手の立場になり、見る。 与眼とは・・・人間は「もらう」のは得意だが、「与える」のが難しい。 「与える」ことを実践できるかどうか。 仏道の五眼は段階的にレベルアップしていくものだが、後に書いた五眼は どれも大事であり、一気に身に付けば最高だが、なかなかそうもいかない。 でもどこから入ってもOKかなと思える。 できる眼力から身につければいいのかな と思う今日この頃。 |
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うわー、なんだか哲学チックに
肉眼:表面的にしか見られない。
天眼:両面を見る。前後を左右を見、東西に心をおきながら
慧眼:事象にとらわれず本体を照見する智慧。
法眼:衆生を救済する菩薩の智慧。あらゆる法門を見る。
佛眼:法眼の実践智。
相当な悟りを開かないと皆目検討もつかない

